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少ないデータで高い精度「スパースモデリング」で挑むAI創薬 HACARUS・藤原健真CEO|ベンチャー巡訪記

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

藤原健真(ふじわら・けんしん)米カリフォルニア州立大コンピューター科学学部卒業後、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)でエンジニアとしてPlayStationの開発に従事。同社退社後、テクノロジーベンチャー企業を数社起業したあと、2014年にHACARUSを創業。

フェノタイプスクリーニングでシステム開発

――「スパースモデリング」を使ったAI(人工知能)を開発していますが、事業の全体像について教えてください。

もともとHACARUSという会社は「量る」というところから始まっています。最初のころは、食材の重さをスマートフォンで量って食事の栄養記録を自動化するという、ライトなヘルスケアサービスをやっていました。しかし、健康な人を対象としたヘルスケアサービスはマネタイズが難しかった。そこで、診断や創薬という医療の分野に入っていこうとしてきたのがこれまでの流れです。

ただ、HACARUSのホームページを見ると、医療分野で事業を展開している会社には見えないかと思います。気持ちとしては医療一本でやっていきたいのですが、医療分野は規制も厳しく、事業を進めるにも時間がかかる。今は、長期的な取り組みとして医療をやりつつ、一方で非規制分野である製造業に向けてAIを活用したサービスを展開しています。

――医療分野では、画像診断と創薬を手掛けています。

医療分野で最初にやったのが、AIを使った画像診断の開発です。ここでは、大日本住友製薬の動物薬子会社DSファーマアニマルヘルスと動物の心疾患の診断を補助するAIを開発したり、バイエル薬品とMRI画像をAIで解析して肝細胞がんの診断を補助するAIを開発したり、ということをやってきました。

そうして製薬会社と接点ができてくる中で、より医薬品ビジネスの本丸に入っていけないかということで開発に着手したのが、創薬支援AIプラットフォーム「HACARUS DD」です。画像診断AIの開発で得た知見を最も早く展開できる領域として、まずはフェノタイプ(表現型)スクリーニングに使うAIプラットフォームを具体的なプロダクトとして開発しています。

――HACARUS DDにも使われているスパースモデリングとは、どのような技術なのでしょうか。

現在、大手製薬企業からベンチャー企業まで、さまざまな会社がAI創薬に取り組んでいますが、そこで使われているのはほとんどディープラーニングだと思います。

ディープラーニングと比べると、スパースモデリングには主に三つの利点があります。一つ目は、少ないデータで高性能なAIが作れること。ディープラーニングは非常に多くのデータを必要としますが、スパースモデリングは数十分の一、数百分の一というデータで高精度の予測が可能です。二つ目は、その結論に至った理由がわかること。「ブラックボックス」とよく言われますが、ディープラーニングではAIが何かしらの予測を出してきても、なぜそういう判断をしたのかということがわかりません。スパースモデリングを使えば、結論に対する解釈性を高めることができるので、たとえば創薬の場合、なぜそのような毒性が起きうるのかというある程度の理由も含めて予測を提示することができます。三つ目は、高速かつ低消費電力で動かすことができること。少ないデータで使えるということの裏返しになりますが、医療機器に組み込む場合でも消費電力を少なく済ませることができます。

スパース(日本語で「まばら」「スカスカ」の意)という言葉が表している通り、スパースモデリングは少ないデータから特徴を抽出する技術で、もともとはAIのために開発された技術ではありません。医療分野ではMRIの圧縮センシングとしてすでに実装されていますし、最近ではブラックホールの撮影成功を支えた技術としても注目を集めました。

15~40分かかっていた解析時間を16秒に

――今年5月には、田辺三菱製薬と共同で、スパースモデリングによってスクリーニングにかかる時間を大幅に短縮することに成功したと発表しました。

田辺三菱製薬もディープラーニングを使ったスクリーニングシステムの開発に取り組んでいましたが、われわれにお声がけいただいた当時、二つの課題に直面していました。一つは、ある程度評価できるシステムはできたけれども、とても現実的な時間とコストで動かすことができなかったこと。もう一つは、化合物のどんなところが実験結果に影響を与えているのかわからなかったことです。

なぜ膨大な時間がかかっていたかというと、ディープラーニングでは化合物ごとに異なるAIモデルを学習させる必要があったからです。スパースモデリングを使うことで学習にかかる時間を削減することができ、ディープラーニングで1化合物あたり15~40分かかっていた解析時間を16秒まで短縮することに成功しました。

田辺三菱製薬が直面していた問題は、実はAI創薬に取り組んでいる多くの製薬企業が抱えている問題で、そうした企業から続々と引き合いがある状況です。

――優れた技術であるにも関わらず、スパースモデリングがディープラーニングのように広がらないのはなぜなのでしょうか。AIに活用するにあたって何か障壁になっていることがあるのでしょうか。

壁としては二つあります。まずは、あまり認知されていない技術であるがゆえに技術者が足りていません。ディープラーニングは大学も含めて人材育成をしており、母数も増えていますが、スパースモデリングは製薬会社でAI創薬をやっている人でも「初めて聞いた」という人がいるぐらいです。われわれは社内で人材育成プログラムをつくってその問題をクリアしようとしていますが、そこの問題は大きいと思っています。

もう一つが、つくるのに手間がかかるという点です。少ないデータで使えるがゆえに、創薬であれば研究者の方々のノウハウをアルゴリズムに落とし込んでいく必要があります。ディープラーニングはデータをぽんと投げてつくるのが主流ですが、スパースモデリングは人間のノウハウや知恵をある程度取り入れないと高い性能を出せません。われわれは、診断であれば読影医、創薬であれば研究者など、ドメイン知識を持っている人に徹底的にヒアリングをして、なぜそういう予測をしたのかという暗黙知をアルゴリズムに落とし込んでいますが、そうした手間がボトルネックになっている面はあると思います。

戦い方次第で勝ち目はある

――HACARUS DDでは今後、どのような展望を描いていますか。

今はフェノタイプスクリーニングの領域で展開していますが、今後、分子設計やタンパク質とタンパク質の結合、ドラッグリポジショニングなどにも広げていく予定です。すでにいただいている案件が多数あり、POCレベルで複数のプロジェクトが走っています。

グローバルに目を向けると、AI創薬には星の数ほどのプレイヤーが参入しており、すでに日本は周回遅れなのでではないかと思っています。われわれは現在、システム開発の段階にいますが、海外のプレイヤーの中には、製薬会社と共同で化合物を見つけていく、つくっていくということをやっている企業もありますし、バイオベンチャーのように自分たちで化合物を見つけて製薬企業と大型のライセンス契約を結ぶところまで進んでいる企業もあります。

時間はかかるのでIPO後になると思いますが、われわれも自分たちでモノをつくって製薬会社にライセンスするところまで進んでいきたいと考えています。今から海外のプレイヤーに追いつこうとしているわけですが、われわれも独自の技術は持っていますし、ビッグデータがない領域もあるので、そうしたところをターゲットにすれば勝ち目はまだあるのではないかと思っています。

――戦い方を選べば勝機はあると。

実際、われわれにお声がけいただく領域も希少疾患が多くて、データが少ないところで新しい創薬をやっていきたいという会社は多くあります。そうした領域では、われわれのようなプレイヤーが活きてくるところがあるのではないかと思っています。日本人に多い疾患もありますし、希少疾患とはいえ世界的に見ると日本で結構データが取れている疾患もあります。そういう点では日本発でやる意味はあると思いますし、われわれのAIなら少ないデータを創薬につなげられるということで、そういう戦い方はあるのではないかと思っています。

(聞き手・前田雄樹、写真はHACARUS提供)

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート・田辺三菱製薬・大日本住友製薬

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