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シミュレーションで線状降水帯の豪雨予測精度を改善

理化学研究所

-もしも最新鋭気象レーダで九州全土を覆えたら-

理化学研究所(理研)計算科学研究センターデータ同化研究チームの三好建正チームリーダー(開拓研究本部三好予測科学研究室主任研究員、数理創造プログラム副プログラムディレクター)、前島康光特別研究員らの共同研究チームは、2020年7月に豪雨をもたらした線状降水帯[1]の予測に対し、最新鋭のフェーズドアレイ気象レーダ[2]を仮想的に九州全土に展開した場合の有用性を評価し、線状降水帯による豪雨発生の予測精度を大きく改善できることを示しました。

本研究成果は、地球規模の温暖化により脅威を増す線状降水帯の予測精度の向上や、被害の軽減に向けた新しい予測技術や観測システムの提案につながると期待できます。

広範囲にわたり次々と積乱雲が発生する線状降水帯による豪雨に備えるには、観測を強化し、得られるデータを高度に活用する予測技術を開発することで、シミュレーションによる気象予測を向上させることが重要です。このために、仮想の観測システムをシミュレーションして数値天気予報への有効性を評価する研究手法を「観測システムシミュレーション実験(OSSE)[3]」と呼びます。

今回、共同研究チームは、スーパーコンピュータ「富岳」[4]を使ってOSSEを行いました。具体的には、2020年7月に豪雨をもたらした線状降水帯周辺の大気状態を数値化し、九州全土に最新鋭のフェーズドアレイ気象レーダを仮想的に展開した場合の観測データをシミュレーションしました。その結果、フェーズドアレイ気象レーダによって30秒ごとにすき間なく雨雲の立体構造を捉えることで、線状降水帯の豪雨の予測精度を大きく改善できることを定量的に確認しました。

本研究は、科学雑誌『SOLA』(3月7日付)に掲載されました。

背景

地球規模の温暖化が進行する中、夏季を中心に線状降水帯による豪雨災害が毎年のように発生し、脅威が増しています。過去に経験がないような豪雨に備えるには、観測を強化し、得られるデータを高度に活用する予測技術を開発することで、シミュレーションによる気象予測(数値天気予報)を向上させることが有効です。

三好建正チームリーダーらは2016年に「解像度100mで30秒ごとに更新する30分後までの天気予報」という、空間的・時間的に桁違いなゲリラ豪雨[5]の予測手法をスーパーコンピュータ「京」[6]を用いて開発しました注1)。その手法に基づき、2020年には埼玉県さいたま市に設置されている最新鋭のマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)[7]による30秒ごとの雨雲の詳細な観測データと、スーパーコンピュータOakforest-PACS[8]を用いて、首都圏において30秒ごとに更新する30分後までの超高速降水予報のリアルタイム実証実験を行いました注2)。さらに2021年には、スーパーコンピュータ「富岳」を用いて、計算規模を20倍に増やした1,000通りのアンサンブル計算によるリアルタイム実証実験を行いました注3)

今回は、これまで独自に培ってきたフェーズドアレイ気象レーダの観測ビッグデータを生かす「ビッグデータ同化」技術を活用し、線状降水帯の予測向上に取り組みました。フェーズドアレイ気象レーダは、1台で60km遠方の雨雲を観測できるため、単独の積乱雲の急発達によって起こるゲリラ豪雨は十分に捉えることができます。しかし、線状降水帯は数10km~数百kmにわたる範囲で多数の積乱雲が組織化して起こります。1台のフェーズドアレイ気象レーダではその全貌は捉えられませんが、広範囲に多数のレーダを展開し、得られるデータを組み合わせることができれば、線状降水帯のような広い範囲の雨雲でも捉えられるようになります。

どのような観測や予測技術がどの程度有効であるかを事前に評価できれば、効果的な観測・予測システムの設計に役立ちます。特に、新たな観測装置の展開とこれを活用する予測技術の開発には長い準備期間と大きな費用がかかるため、その有効性を事前に評価し設計に役立てることは極めて有益です。こうした仮想の観測システムをシミュレーションして数値天気予報への有効性を評価する研究手法を「観測システムシミュレーション実験(OSSE)」と呼びます。三好建正チームリーダーらは、2021年にこのOSSEの手法を活用することで、静止気象衛星に気象レーダを搭載した新しい観測システムの有効性を評価し、台風による強風の予報が改善されることを示しました注4)

本研究では、「富岳」を用い、2020年7月豪雨をもたらした線状降水帯を対象として、フェーズドアレイ気象レーダを九州全土に展開した場合の観測データを仮想的にシミュレーションし、この膨大な観測ビッグデータが数値天気予報に有効であるかを評価するOSSEを行いました。

シミュレーションで線状降水帯の豪雨予測精度を改善

研究手法と成果

共同研究チームは、まず、九州にある地方気象台及び特別地域気象観測所の計17地点にフェーズドアレイ気象レーダを展開した場合の仮想的な観測データをシミュレーションしました(図1)。対象としたのは、2020年7月3日午後6時ごろから翌4日(日本時間)にかけて、熊本県南部の球磨川周辺に記録的な大雨をもたらした線状降水帯です。1km四方の解像度の領域気象モデルSCALE[9]を使って、九州を中心とする600km四方の領域のシミュレーションをスーパーコンピュータ「富岳」を用いて行いました。このシミュレーション結果を、本研究における正解データ(Nature run)としました。この正解データから、フェーズドアレイ気象レーダによるレーダ反射強度[10]と動径風[11]の観測データを算出しました。

図1 仮想的なフェーズドアレイ気象レーダネットワーク

赤点はフェーズドアレイ気象レーダが設置された17の地点、オレンジ色の影はレーダの観測範囲を示す。

次に、線状降水帯をうまく再現しない別のシミュレーション実験(NO-DA)を試みました。その上で、局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF)[12]を使って、全17台のフェーズドアレイ気象レーダの観測データを想定した数値天気予報のシミュレーション実験を2種類行いました。

一つは、フェーズドアレイ気象レーダによる30秒ごとのデータを用いた実験(30SEC)、もう一つは、通常用いられる気象レーダを仮定した5分ごとの観測データを用いた実験(5MIN)です。その結果、正解データ(Nature run)は熊本県南部を中心に東西数100kmにわたって線状降水帯の大雨を示しているのに対し(図2d)、NO-DA実験はこれより南に100km以上ずれて示しており、球磨川周辺の豪雨は再現しませんでした(図2a)。5分ごとのレーダデータを使った5MIN実験もNO-DA実験と同様に予測を改善しませんでしたが(図2b)、30SEC実験はこれを大幅に改善しました(図2c)。これにより、九州全土に展開したフェーズドアレイ気象レーダネットワークによって、線状降水帯の予測が大きく改善することが確かめられました。

図2 2020年7月4日午前4時(日本時間)を初期時刻とした1時間先の雨粒量の水平分布

以上のように、フェーズドアレイ気象レーダによる30秒ごとのデータは、短時間で狭い領域で発生するゲリラ豪雨の予測だけでなく、線状降水帯のような複数の積乱雲が組織化した大きな規模の現象の予測改善にも貢献することが新たに分かりました。

今後の期待

本研究により、九州全土という広範囲に17台のフェーズドアレイ気象レーダを展開することで、2020年7月に豪雨をもたらした線状降水帯の予測を大きく改善できることが分かりました。この結果は、地球規模の温暖化により脅威を増す線状降水帯の予測精度の向上や被害の軽減に向けた新しい予測技術や観測システムの提案に繋がるものと期待できます。

また、本研究では、領域気象モデルSCALEを使った局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF)によるOSSEのフレームを、スーパーコンピュータ「富岳」上に構築しました。「富岳」の計算能力を活用することで、これまでにない大規模なOSSEが可能となり、10年、20年先を見越した観測システムや予測技術の設計・検討に貢献するものと期待できます。気象庁では、2022年より、半日前から線状降水帯などによる大雨となる可能性についての情報の提供が始まり、2030年までに、線状降水帯に伴う集中豪雨を高い確率で予測することを目指す計画があります注5)。本研究は、このような予測システムの開発にも貢献すると期待されます。

補足説明

共同研究チーム

理化学研究所 計算科学研究センターデータ同化研究チームチームリーダー 三好 建正(みよし たけまさ)(開拓研究本部 三好予測科学研究室 主任研究員、数理創造プログラム 副プログラムディレクター)特別研究員 前島 康光(まえじま やすみつ)

気象庁気象研究所 気象観測研究部部長 瀬古 弘(せこ ひろむ)室長 川畑 拓矢(かわばた たくや)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業AIP加速課題「ビッグデータ同化とAIによるリアルタイム気象予測の新展開(研究代表者:三好建正)」、同CREST研究課題「オンデバイス学習技術の確立と社会実装(研究代表者:松谷宏紀、主たる共同研究者:三好建正)」、同国際科学技術共同研究推進事業戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)「先進ICTを用いた淡水生態系復元力の監視(研究代表者:熊谷道夫、主たる共同研究者:三好建正)」、文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム領域②「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測(課題代表者:佐藤正樹、協力機関分担者:三好建正)」、計算科学振興財団(FOCUS)研究教育拠点(COE)形成推進事業「複数の災害リスク評価に基づく都市計画に資する災害科学研究(研究代表者:富田浩文、研究分担者:三好建正)」「異なる時間スケールを考慮したレジリエント社会形成に資する計算科学研究(研究代表者:大石哲、研究分担者:三好建正)」、宇宙航空研究開発機構(JAXA)第2回地球観測研究公募「GPM観測データ同化による降水予測アルゴリズムの高度化(研究代表者:三好建正)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究「「ゲリラ豪雨」予報高精度化に向けた超高頻度・高解像度雷発光データ同化(研究代表者:前島康光)」、同基盤研究(S)「あかつきデータ同化が明らかにする金星大気循環の全貌(研究代表者:林祥介、研究分担者:三好建正)」、RIKEN Pioneering Project「Prediction for Science(研究代表者:三好建正)」、理研エンジニアリング・ネットワーク公募型課題「気象予測データを再現する人工気象器を利用した植物表現形質データ蓄積のための研究手法の開発(研究代表者:松井南、研究分担者:三好建正)」による支援を受けて行われました。

大型計算機資源について、文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム領域②「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測」(課題番号:hp200128)による支援を受けて行われました。

原論文情報

発表者

理化学研究所 計算科学研究センター データ同化研究チームチームリーダー 三好 建正(みよし たけまさ)(開拓研究本部 三好予測科学研究室 主任研究員、数理創造プログラム 副プログラムディレクター)特別研究員 前島 康光(まえじま やすみつ)

三好建正(左)、前島康光

報道担当

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