"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。
1818年の今日(9月12日)、自らの名を冠した「ガトリング機関銃」の発明で知られる発明家のリチャード・ガトリング(Richard Jordan Gatling, 1818-1903)が誕生しました。
アメリカ・ノースカロライナ州のメーニーズネックで農家の家庭に生まれたガトリングは発明家でもあった父の影響を受けて若い頃から物作りを行っていました。初めて作った発明は父の仕事を助けるための播種機(はしゅき、種まき用の機械)でした。
リチャード・ガトリング(Richard Jordan Gatling, 1818-1903) photo by GettyImages21歳の頃には蒸気船用のプロペラを開発し、特許を取ろうとしましたが、すでに同様の特許が出ており、大金を逃したという逸話も残っています。
1844年にミズーリ州に拠点を構えたガトリングはそこでも農業用の機械の発明を行います。彼は綿用であった播種機をイネや小麦などの穀物に使えるように改良を施しました。これはアメリカの農業改革に革命的な影響を与えるものだったとされています。
その後も彼は一時的にロンドンカレッジで医学を学ぶなど横道にそれながらも、役に立つ機械を作り続けました。
そんな彼の目に止まったのは1861年に始まったアメリカ南北戦争です。
この戦争では、第一線に出ている兵士たちが衛生的に不潔な環境下で過ごしているがために病気になるケースが多く、戦火に飲まれてなくなる人の割合よりも病死者のほうが多かったとも言われています。
このことに目をつけたガトリングは圧倒的な火力を誇る火器を開発することで第一線に送る人員の数を減らすということを思いつきました。
そして完成したのが有名な「ガトリング機関銃」です。
ガトリング機関銃とは数個の銃口が回転し、断続的に数多の弾丸を装填、発射するという高火力重火器で、開発当初は手回し式ながら圧倒的な火力を誇っていました。
ガトリング機関銃 photo by GettyImagesガトリングは開戦からわずか一年でガトリング砲を完成させ、北軍が公式に採用しますが、皮肉にもその頃には戦争もほとんど落ち着いていました。
しかし、このガトリング砲は改良を繰り返しながら多くの戦争に用いられ、外部動力を用いることで1分間に3000発もの弾丸を発射することができるようになりました。
その後、アメリカ軍はこのガトリング砲の構造をもとにして現代でも使用される「バルカン砲」を考案することとなります。ちなみに、このバルカンは人名ではなく、ローマ神話の火の神「バルカン(Vulcan)」が由来です。